妻の骨折から1週間が経ち、再チェックしましたが手首の形は復活していません。切開して金属で固定すれば戻るのですが、1月と9月に脳梗塞をやっているので麻酔は危険すぎるから手術はしない、という結論に達しました。これから数ヶ月、ギブスで固定して回復を待つことになります。指は5本とも動くので昨日はいずれ戻るでしょうが、私の主夫生活は続きます。

ところで今回のムンバイでのテロは、オバマがイラクを捨ててアフガニスタンに注力するという予測に基づく先制攻撃という見方が強いようですね。ユダヤ三教の世界の人々の価値観、発想は「無神論者」いや「無心論者」の私には到底わかりません。
仏教国のタイでの空港閉鎖、元共産国の中国での失業者の暴動など、アジアが荒れてきましたなぁ。



日本でも、11月も末になってから来春卒業の大学生の就職内定取消が急増しているそうです。1993年~2002年のいわゆる「就職氷河期」にも見られなかったペースだそうです。しかも「内定取消」には採用内定企業の倒産は含まれません。

さらに「派遣」その他の非正規雇用の整理がさらなるスピードで進むと見られています。何しろ日本そのものといえるトヨタの連結最終利益が27.2%、パナソニックにいたっては89.4%も減る見通しなのだから問答無用で出費を削らざるを得ません。すぐに目に見える出費は人件費です。だから新卒の内定を取り消し、非正規雇用労働の契約を打ち切るのは自然な企業行動です。

面白がってはいけないのでしょうが、やはり面白いのは、大変な数の人々が失業するにもかかわらず、倒産の場合を除けば、雇用者と労働者が払い込んできた雇用保険料はいわゆる「霞ヶ関の埋蔵金」として残り、国庫負担も発生しないことです。

それにしても落ちぶれたもんですねぇ。まさに「落魄」です。おっと、この字、太郎ちゃんは読めるかなぁ。

この零落(これも危ない?)の原因について、私は確信を持っています。「豊田自動織機」以外を全部「トヨタ」に変え、「松下」を全部「パナソニック」に変えてしまったので豊田(トヨダ)佐吉と松下幸之助が呪いを掛けたのです。創業者の祟りなのです。

「霊魂」どころか「心」の存在も否定する私が言うのですから間違いありません。



蛇足ですが「panasonic」は「音響全般」というような意味ですよね。ところが「旧松下グループ」の全製品のブランドが「Panasonic」になりました。先だって妻が脳梗塞で入院した際の病室ではトイレの諸設備も「Panasnic」だったのです。何とも変な気分でした。
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by convenientF | 2008-11-29 15:13
妻は、左半身の機能が戻ってきたので油断したのか、昨晩、左手に少し重いものを持って歩き出したとたんに転倒。一晩冷やしてから病院へ行ったら手首複雑骨折。
1週間経過を見て手術するかどうか決定。

かくしてアタシャ短時間覚醒が未だ続いているのに専業主夫に逆戻り。

こんな晩年を迎えることになろうとは....
あのとき機銃弾を受けて死んでいれば「今頃は総理大臣か?いやノーベル賞学者だろう。スカラ座で未だ主役を張っているかもしれない」などと親族は好き放題に祭り上げてくれているだろうに....

麻生さんとこの太郎ちゃんも同じようなこと考えているかな。
小さいウチに交通事故かインフルエンザで死んでいれば、ワシントンのG20で仲間はずれにされることも、「定額給付」で虐められることも、漢字の読みで全国民に大笑いされることもなかっただろうに....

ところでG20は面白かった。過ぎたことと言えば過ぎたことだが「世界の基軸通貨」の問題は宿題のままだ。英ポンドから米ドルに基軸通貨が変わったのは、第一次大戦、大恐慌、第二次大戦を通じてだった。しかし、今は世界大戦が起こりそうもない。その代わり「大恐慌」は1929年の時よりでかい。でかいだけでなく、コンピューターを利用した様々な仕組みで正体がまるでわからない。

今回のG20の前、フランスのサルコジやドイツのメルケルは「基軸通貨はユーロ」という提案をするつもりだったが直前にユーロが対ドルで弱くなったので提案を飲み込んだ。タダ黙っていた。

太郎ちゃんも黙っていれば良かったのに「米国債」を一番沢山持っているのはオレんとこだと思い込んでいたので「基軸通貨は米ドルのまま」と余計な一言を発してブッシュを除く全員から冷たい視線を浴びることになってしまった。実は中国が一番沢山持っていることを帰ってきてから知らされたのだから可哀想な坊ちゃま。

とにかく米ドルが基軸通貨であり続けるのは後しばらくの間だけだろう。諸説あるが、私はフランスやドイツが決めることにはならないと思う。もちろん中国でも日本でもインドでもない。

短くとも21世紀中は石油がエネルギーの中心であり続けそうだから、米ドルの次の基軸通貨を決めるのは「OPEC様」だと思う。何だかんだ言ってもOPECの王様たち、殿様方には頭が上がらない。



チャイナ・ボーイ → アラブの酋長
ベニー・グッドマン、ジーン・クルーパ、そして私の最も好きなピアニストの一人であるテディ・ウィルソン

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by convenientF | 2008-11-19 14:58
筑紫哲也が逝ったことについては何の思いもない。どのチャネルを回しても彼の追悼番組をやっているのでむかっ腹が立った程度だ。
私より1歳年長で都立小山台高校にはキャノンの御手洗と一緒に入学したとは聞いたが、御手洗の卒業は1年後のようだ。

筑紫哲也という名を知ったのは、1960年代から1970年代まで隆盛を極めた「朝日ジャーナル」の編集長を、同誌の盛りが過ぎた1980年代に務めていたときだった。この週刊誌は1992年5月29日号で廃刊になっている。
朝日は週刊の「朝日ジャーナル」を追っかける形で1995年3月6日に「論座」という月刊誌を創刊した。つまり「朝日ジャーナル」はリベラル系左翼系の雑誌だったわけだ。筑紫哲也という人物はそう言う雑誌の編集長を務めた人物だったのだ。私は彼のテレビ番組も見たことがないくらいで、頭が禿げていないことを誇示するようなヘアースタイルでイヤな野郎だという印象しかなかった。

「論座」はリベラル系オピニオン雑誌として岩波の「世界」に対抗していたらしいが、そんなモノが10,000部も売れるご時世じゃなし、2008年9月1日発売の10月号で廃刊になった。そして別に左翼系でもない商業出版社である講談社が出してきた「月刊現代」も12月1日発売の1月号をもって廃刊されることになった。これは時々ドカ-ンと大スクープを出したり、丁寧に地面を這い回って材料を集めたような特集記事があったりして面白い雑誌だったので、私としては惜しい気がする。

廃刊が決まった後の12月号では「小泉改革とは何だったのか-竹中平蔵の罪と罰」と「同和と銀行、三菱東京UFJの闇」という2本の取材モノが際だっている。知り得た事実、情報を淡々と記述するだけで何の評価も感想も添えられていない。これが記事に凄みを加えている。ここに青臭いご意見なんぞが書かれていれば「アホか、われ」になりかねない。

かくして日本の月刊オピニオン雑誌の世界は、「文藝春秋」を別にすると、「諸君!」、「正論」以下「VOICE」などの宗教がかったもの、狂信者たちのお話会みたいなものばかりになる。例の航空幕僚長みたいな国家観、社会観しか存在しなくなる。

買って読まなければならない義理はないからどうでもいいのだが、これらのオピニオンに同感する連中に居酒屋やバーでとっ捉まり、ご高説を拝聴させられたら何をしでかすか、自分が怖い。

明るい時間の蕎麦屋酒か、自宅でのCD酒、DVD酒で一生を送ることにしよう。
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by convenientF | 2008-11-15 15:47
新しい「週刊文春」を買ったので先週号を捨てようとしてハッと思い出しました。SoftBankが、当初11月5日に予定していた中間決算の発表を10月29日に繰り上げたことが報じられていたのです。

東南アジアの某国に居住なさっている読者の方が、一時帰国に際して日本国内でのケータイはSoftBankにしようと思う、とお書きになったので私は慌てて「SoftBankは『圏外』が広いから」と反対しました。帰国してその事実を確認されたようでした。

関西のあるブロガーの方は、大阪の心斎橋界隈や京都の四条河原町といった繁華街でつながらないことがあるとの噂を報告されていました。中継装置が不良少年や酔っ払いに壊されるらしいのです。DoCoMoはNTTの電話回線、auは電力会社のケーブルをケータイ電波の中継に使っていますがSoftBankは自前で設置しなければならないのです。

一番笑えるのは「ホワイト学割」でしょう。基本料金3年間無料で学生たちを引っかけたものの、たとえば東京都西部丘陵地帯の大学団地は圏外!

SoftBankは、実はボーダフォンの日本法人を買収してケータイ事業に進出する際に莫大な借金をしたのですが、それが経営を圧迫しているようなのです。例の人気広告についても代理店の電通への支払いを延ばしているようです。

他社からの乗り換え客の数がトップ、とずっと報告し続けてきましたが、本当だとすれば肝心の接続機能が他社より劣ることが歴然としてしまうわけです。したがってケータイ電話事業では売上高、営業利益ともに前年を下回っているそうです。

かつて、インターネット接続サービスでYahooBBのモデムを街頭で無料配布しましたが、やがて「タダより高いものない」という真理が証明されました。それが「ホワイト何とか」というサービスで再度確認されることになりそうです。

やはり「孫」という人はその名の通り「正義」の味方なんですね。
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by convenientF | 2008-11-13 14:42
この数日、「短時間覚醒」が再発したようでかなり不調。その中、昨日はイタリー語とフランス語の歌でしごかれたのでさらに不調。

しかし、昨日11月11日は私と同年齢の諸君にとっては大変な日なのです。たしか、小学校6年生の時の私のクラスでは、四人に一人が今日誕生日を迎えました。

昭和11年11月11日生まれです。

当時は母親によほどの問題がない限り「自宅出産」ですから出生届の誕生日なんて、実在する年月日であれば好き放題。もちろん制限はあったでしょうが、役所も堅いことは言わなかったと思います。

私なんか産婆さんが間に合わず、偶々ウチに来ていた母の妹が取り上げたそうです。ずっと故郷にいたその叔母の臨終に偶然立ち会うことができました。最期の言葉は「あんたを取り上げて『カニババ』拭いたんは私やさかいね」でした。

近年は出産も死亡も病院がほとんど。
自宅の場合の方が事件性を疑われるとか。
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by convenientF | 2008-11-11 16:53
幼稚園にも行っていない小さな子供から百歳の老人までもがケータイ電話を持ち歩くご時世であり、私もごく初期の頃に「とにかく使ってみてください。全部無料にしますから」と無理矢理モニターにされてからずーっと持っている。ただし持っているという程度で、私か妻のどちらかが旅行中か入院中でないかぎりほとんど使わない。それでも外出するときは携行する。希に家にいる妻や、セガレ、友人などから掛かってくることがあるからだ。

ところで、ケータイが広く使われ、着信音に好きな音を設定できるようになってから気がついたことがある。若い女性は何かしらの音楽を設定しているが、特に中高年の男性、そして高齢の女性の多くは、電話を購入したときに設定されている音をそのまま使っているらしい。だから駅のコンコースや商店街ではそこら中で同じ着信音が鳴っている。そして、どれかが鳴るとその近くの人々は一斉に自分の電話機を確認する。チャップリンが存命ならば、この場面は必ず使ったに違いない。

好きな音を設定できるようになってから目撃した一番可笑しな場面は、ある大きな病院の待合室でのことだった。病院内のケータイ電話使用はたいてい禁止されているが、この病院で禁止されているのは各診療科の待合室だけで、受付前では禁止されていない。
私が雑誌を読んでいると後方から↓が聞こえてきた。



振り返ると年輩の女性が一人居眠りをしており、音は明らかに彼女のバッグから流れている。これは電話の着信を知らせるより、安眠を促す音だ。

私が最初に設定したのは下記である。



こんなマニアックな代物を着信音にするヒトはいないだろうと自負していたが、甘かった!
ある日、ジャズボーカルのセンセイと話をしていたらこれが鳴った。私がポケットから電話機を取り出したら「私でしょ」とセンセイがバッグから自分の電話を取りだした。彼女の方だったのである。
「今後のため、ボクの方が変えましょう」と言って、帰宅してから次の曲を設定した。



ところがこれもブツカッタ!
私がしばらくボーカルを担当していたアマチュア・フルバンドのメンバーが、なんと数人、この曲を使っていたのである。
今度はしばし考えた。思いっきりヘンテコで、円満な常識人には好まれないであろう曲だ。



流石にこの音は5年以上保っている。
だが万一に備えて「皿枯れ」もフォルダに入れてある。変更が必要になる時への備えであり、ひいては世界平和に資することを願うからである。
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by convenientF | 2008-11-06 16:52
先日来、名前に「小」が付く中年男が二人芸能ニュースを賑わせている。ともに髪を金色に染めているので余計可笑しい。

一人は別れた女房との喧嘩、もう一人は巨額詐欺。
彼らの人生はこれからどんどん寒々しいものになって行くだろう。
そこで寒さに向かう季節の歌を贈り、ひいては世界平和に資することを願うものである。



タイトルを見ずに、音だけでこれが以下と同じ曲だとわかるヒトは、間違いなく第一級の耳、音感の持ち主だ。





どうだ、参ったか(^^;)。
ちなみに、最初のは「ジャズ通」ぶりたい連中が「皿枯れ」と呼んでいるもの。「酢豆腐」ほど洒落た命名ではないけど...
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by convenientF | 2008-11-05 15:45
数秒前、各テレビ局が一斉に「勝負あり!」と報じました。
残る課題はオバマの生命の安全!

いろいろ条件はあるでしょうが「金融市場崩壊」が「神風」になってことは否めないでしょう。

さて麻生君、どうしようか。
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by convenientF | 2008-11-05 13:09
さあ、始めよう!



世の中、”長生き”することを渇望している。一体、何のために、そんなに長生きしたいのか。

目的あっての人生である。ただ生きているだけでは人生ではない。

今や死語と化した老醜という言葉を辞書で確認していただきたいものだ。


上の3行は「石堂淑朗」という脚本家が『週刊読売』10月30日号に書いた”「健康」で長きしてどうする“と題するエッセイ(?)から抜き出したものである。この人は今76歳だが、これまでに脳梗塞2回に心筋梗塞を経験したそうだ。
そして“そろそろ安楽死したい”とのたまっているが、本心だろうか。

仰せに従って「老醜」という言葉を辞書で確認すると、どの辞書にも

年をとって容貌(ようぼう)などがみにくくなること。

としか書いてない。容貌のことだけで、上記のような妄言あるいは暴言を雑誌に書くことには触れられていない。しかし私は独断する。「目的あっての人生である」なんて言葉を思い浮かべることこそが「老醜」だ。
あらゆる生命体は生殖活動の結果として誕生する。誕生の目的があるとすれば、それは生殖活動によって子孫を残すことだけだ。子孫が誕生すると死滅する生物もあるがそうでない生物もある。ヒトを含む高等動物は、一般に、生殖年齢を過ぎても相当期間生存する。目的がなくなっても生存する。これは自然現象であり、怪しからんと思っても苦情の持ち込み先はない。

石堂淑朗という人物は、ヒトは自然界の生物、つまり生殖以外には何の目的もなく生まれてくる動物だと思っていないらしい。この人物こそ、まさに珍重すべき生物であって、その存在を世間に知らしめてくれた『週刊読売』の功績を多とし、ひいては世界平和に資することを願うものである。
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by convenientF | 2008-11-02 05:16