前記事で「genocide」や「holocaust」といった残酷な言葉を使いましたが、これらの言葉を世界的にポピュラーにした張本人の台頭から消滅までを時系列にまとめた分かりやすいドキュメンタリー映画を紹介しましょう。

『ヒットラー』(Hitler, A Career)
1977年、西ドイツ(当時)にて製作。
監督:クリスチャン・ヘレンドルファー、ヨアヒム・C・フェスト
ナレーションは日本語
154分

チョット長いのですがナレーションが日本語なので時間は苦にならないと思います。

その異常性の反面で、一般国民を掌握する話法語法がいかに熟慮して練り上げられたものであったかが実によく理解できます。

そして2001年に登場して日本国民の支持を急速に獲得し、今日の日本の閉塞感を創出した人物が、その人心掌握の話術において1世紀も前の異国の先人に倣ったという説を裏付けてくれます。
論理的な正確さではなく「ムード」こそが鍵だったのです。「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域」という有名な詭弁こそがヒトラー流なのです。

定価は¥3,800ですが、レンタル店にあるはずです。
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by convenientF | 2008-06-30 10:15
昨年11月、今年2月と続けて「冠動脈ステント挿入」手術を受けたヤローが社会復帰したので、昨晩は半世紀を優に超える付き合いの、ごく親しい連中だけで「祝賀会」をやりました。
本人は「全快祝賀会」と名付けていますが、我々は全快と認めず「社会復帰祝賀会」と命名しました。

まだニトロのスプレーに依存してヨロヨロ歩いているくせに何が全快だ、バカヤロー!
ヨロヨロ歩きながら300グラムを超えるステーキや糖分を大量に摂取して「粥状狭窄」を促進しているくせに何が全快だ、バカヤロー!
古人曰く、二度あることは三度あるんだ、バカヤロー!

と怒鳴り合っている間に話は「逃切世代論」「後期高齢者医療制度」に移り、一気に団結が強まりました。

一頃の「現役世代負担過重論」から、最近は「高齢者になったんだから社会コストを多少は負担してもいいんじゃないですか」という表現に変わってきているのです。「高齢者はこれまで社会コストを負担してきていない」と言っているのです。

しかも若いチンピラ官僚、青二才評論家だけでなく、ついに自らも前期高齢者を卒業しかかっている「フッフッフの福田康夫」までが言い出したので、福田とは大学は違っても同学年である酔っ払いジジイたちの声が一気に高まりました。福田夫妻には面識のある連中ばかりです。

「オレたちが一番働いてた50くらいまで、最高所得税率は75%だったよな。どんなに昇給したって、ボーナス貰ったって増えるのは税金だけよ。だけど「ガキへの仕送り」だと割り切ってたよな。そのガキどもがよー、多少は負担しても、だって吐かしやがってよー。今のヤツらは最高税率40%なのに....」
「オレたちが払ってた税金は社会コストじゃねえのかよー」
「この手の言い方するヤツ、全部”浄化”しちゃおうぜ。genocide、holocaustだよ」

そして具体的な構想が検討され始めました。

「オレたちがゼニ出し合えば収容所とガス室ぐらい作れるだろう」
「だけど人手がいるぜ」
「オレ、スネークヘッド(蛇頭)にわたり付けられるぜ」
「おらあ、ニューヨークでイタ公を随分使ったな。人手は何とでもならぁな」

すると、いまだに薬品メーカーの技術系の相談役に残っているヤツが「そんなに手数掛けなくったって”経皮毒(けいひどく)”使えばいいじゃねえか。注射みてえに技術は要らねえし、内服と違って口触りの心配はねえし、ペタ!だけで確実に殺せるぞ。ありふれた薬剤に混ぜりゃいいんだから...最高の剤型だよ」

どうやらその方向で固まりそうです。

(なお、上記はすべてフィクションであり、実在の人物や団体を指すものではありません。)
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by convenientF | 2008-06-28 16:32
23日午前8時45分ごろ、福岡県水巻町伊左座5、同町産業建設課長永沼良(ただし)さん(57)方で、永沼さんが犬用のおりの中で飼い犬の土佐犬にかまれて倒れているのを通行人が見つけた。

 同居している永沼さんの父親(81)が知らせを受けて、助けようとおりに入ったところ腕をかまれ、近くで建設作業をしていた北九州市八幡西区の建設業男性(33)と同県芦屋町の会社役員男性(51)が2人を助け出し、119番通報した。

 折尾署の発表などによると、永沼さんはのどや腕などをかまれ、外傷性ショックで死亡。父親は重傷で、救助した2人もかまれて軽傷を負った。


土佐犬に関しては過去にも多くの問題が提起されている。

http://plaza.rakuten.co.jp/bakarin/diary/200712060000/
http://durham97.exblog.jp/7767027/
http://cbband.exblog.jp/6727895/

といろいろあるが、ここでは

http://cbband.exblog.jp/6727895/

から要点を引用しておこう。

昨年、犬舎の掃除中に檻から出したまま繋がずにおいたため小学生が負傷した事件に関する判決が先日降りたばかりだ。掃除していた手伝いの女性は重過失傷害罪に問われ、「危険性への認識が著しく欠け管理がずさんだった」として禁固2年、執行猶予4年の判決が降りている。この判決の報道は広く伝えられたようだが、普及会飼育場での死亡事故は知られずじまいになるのか。
さらに、この死亡事故では誰も責任を問われない可能性が高そうだ。
だが私は土佐犬というイヌを天然記念物として保護し、その飼育方法を一般のイヌ並みにしている政府の重過失を問いたい。

土佐犬問題について、私は2006年5月7日に「躾は虐待?」と題した記事を当ブログに掲載している。1年も遡ってくださるゲストはあまりいらっしゃらないと思うので要点だけを抜き出しておく。

1.60年間で15頭のイヌを室内で飼ってきた私から見れば、あれは明らかに飼い主による殺人事件であり、傷害事件です。
2.そこで(私は)土佐犬の闘犬愛好者の掲示板に「10万年を超えるとも言われるヒトとイヌの共同生活の歴史を土佐犬が穢している」と書き込みました。すると「素人は口を出すな」との反撃が来ました。対して私は「お前等は潜在的殺人者だ。政界に働き掛けて社会から隔離する」と宣言したら、私の発言がすべて削除されました。
3.他のイヌと殺し合いの戦いをするように繁殖され、檻に入れられて欲求不満の塊になっている動物は、私の定義ではイヌではありません。猛獣です。
4.ブルドッグは長年ウシと戦うために飼われてきたイヌです。闘犬の一種です。しかし18世紀にウシとの戦いが禁止された後、愛好者たちの努力により、温厚で甘ったれの家庭犬に改造されました。
5.このブルドッグをブリーダーから譲って貰うとき、(私は)屋外で檻や鎖で拘束したりせず、室内で自由に生活させることを誓約しました。いくら温厚で甘ったれでも、フラストレーションが溜まれば危険だからです。体重は30キロ(2007年4月現在では35キロ)ですがプロレスラーを引きずり倒す力があります。
さらに充分な社会訓練を行うことも求められました。エレベーターに乗ったり、信号待ちをしたりしているときは命令しなくても座るように躾けました。


今回、飼い主を噛み殺した土佐犬はにはの頑丈な檻の中にある犬舎で生活していたらしい。行政の見解では、これで大型犬を飼育する条件は整っていたことになるらしい。飛んでもない話だ。

ゴリラ、オランウータン、チンパンジーと同程度、情緒面では彼らより鋭敏な大型犬を飼育する条件は設備では決められない。
絶え間ない対話とスキンシップが何よりも重要である。言語を持たないイヌとの対話はナンセンス、と思う方をイヌを飼うのをお止しなさい。友人に青山の高級マンションでグレートデーンを2頭飼っているヤツがいる。屋内放し飼いだが英語でも日本語でも対話ができる。それができなければ飼っている、共に生活していることにならない。

今回殺された「飼い主」と呼ばれる人物は、日頃から問題の土佐犬との対話、スキンシップを心がけていたのか。多分ゼロだろう。文部科学省認定の「天然記念物」の法的所有者、そして闘犬賭博の主催者の一人に過ぎなかったのではないだろうか。自業自得と言うしかない。

私は死者を無条件に悼むことには反対である。
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by convenientF | 2008-06-23 19:41
『暴走老人!』の話、忘れていたわけではありませんよ。

1月に脳梗塞に襲われて以来、どこへも出かけようとしなかった妻が今年になって初めて美容院へ行く、と言い出しました。以前の家の近所の店で多店舗チェーンなのですがその日は昔からの担当美容師が来る日だそうです。電話してみるとやはり担当の美容師が来ていました。先方も驚いたようでした。

出かけてから2時間ぐらい経った頃、妻のケータイから電話が掛かってきましたが出てみると例の男性美容師です。「奥様がケータイの使い方がわからないと仰いますので」

妻の用件は久しぶりに出てきたので例の蕎麦屋へ行かないかという提案です。「例の蕎麦屋」とは家と駅の中間にあり、都西部の郊外にしては珍しく下町の雰囲気がある店です。11時開店10時閉店ですが、午後の「準備中」なんて白々しい中断がありません。しかも、今時の都内の飲食店にしては驚きに値すると思いますが、各テーブルに灰皿が置いてあるのです。

私たちは在宅老人夫婦ですから、当然、いつも昼食のラッシュが過ぎてから訪れます。どの席にも人品賎しからぬ老人が座っており、日本酒か焼酎をチビチビやりながら一人の場合は本を読んだり、ポータブルのテレビ(あるいはDVDプレイヤー?)を観たり、連れがいれば静かに話したりしています。ときにはノートPCかペンで書き物をしている人もいます。
日本酒も焼酎もそれぞれ10銘柄ぐらい置いており、焼酎はボトルキーピングもできます。肴の品数は30くらいですが、味付けは昨今の東京にしては珍しく辛めで一級品と言えます。

湯呑みには全部このように店名が入っています。
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初めて訪れたとき「場所、店名、電話番号が入っているのだから持って帰っていいんだろ?」と訊ねましたら「全部のお客様がお持ち帰りになるとちょっと...」と女将が笑っていました。

そして浮世絵柄が何種類かあります。取りあえず二つ紹介しましょう。
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まだ湯呑みを自宅に持ち帰っていないのでこれらの写真はケータイで撮影しました。
私のケータイで写真を撮ったのは3回目ぐらいですか。ケータイ電話は、以前の軍隊の無線機のようなものからポケットサイズの現在の形になった時から持っています。自ら進んで持ったのではなく、ケータイの販促を依頼されたゴルフ友達から無料で押し付けられたのです。当時は掛ける相手はほとんどおらず、外出先や旅行先から自宅に連絡する程度でした。

そして今でも初めての場所へ行くときに道順をたずねるのに使うぐらいです。着信音、いわゆる「着メロ」にはど派手なフルバンドジャズを取っ替え引っ替え設定していますが、その日会う相手が遅れたり迷子になったりした時しか鳴りません。

どうすればカメラ機能が働くかすら知らないのです。待受画面にはイヌの写真を使っていますが、写真は友人に撮って貰いました。今回も湯呑みを写すに当たって店員にカメラ機能を起動させて貰いました。店中の人たちに笑われて恥ずかしかったなぁ。

帰宅してからさらなる問題に突き当たりました。撮影した写真データをPCに取り込めないのです。専用USBケーブルで繋いでも、メモリスティックを取り出してメモリスティック・リーダーにかけても「画像ファイルがありません」と突き放されます。

ついに奥の手。10センチの距離からPCにメール添付で写真を送りました。

何度か記事で書いているように、私はコンピューターのプロです。パーソナル・コンピューターが出現するずっと以前からコンピューターという装置の機能をいじくってきています。しかし現代のケータイはコンピューターのプロを寄せ付けないのです。コンピューターの素人の人たちは、ケータイはコンピューターとは違う、と思っているかもしれません。とんでもない。ズボンやシャツのポケットに入るケータイ電話機は巨大なコンピューターなのです。1960年代に使われていた材料で今のケータイ並みの機能を組み立てたら数階建てのビルになるでしょう。しかし処理速度ではケータイに遙かに敵いません。

その恐るべき高機能のケータイが、いまや、我々人間の生活を制御しているのです。まず「行方不明になる自由」が奪われました。ポケベル時代なら電源を切るという手がありました。今は留守電メッセージがつきまとい、GPS機能で所在場所がばれてしまいます。

さらに「会いたくない相手をすっぽかす」自由も奪われました。ケータイ時代しか知らない若者たちには理解できないでしょうが、「会いたくない相手をすっぽかす」自由というのは最も重要な基本的人権の一つだと私は信じています。理由を告げずに「すっぽかす」というのは決定的な意思表示なのです。理由を言語で明らかにしていないのですから「すっぽかされた相手」も理由を「推察」しなければなりません。しかし理由が言語で明らかにされていないのですから正面切ってケンカするわけにもいきません。

これがヒトとヒトの間の接点を柔軟にし、互いに相手の立場を忖度することによって平和が保たれました。そうした柔軟性と平和がケータイによって失われたのですから、そうした柔軟性と平和を体験している老人が「暴走」するのも当然でしょう。

先日も例の蕎麦屋に見覚えのある男性が一人で入ってきました。そして私たちの隣のテーブルで冷や酒をチビチビなめながらフランス語の美術書を読み始めました。真っ赤なベレーにパイプを咥え、派手なステッキを突いています。年齢は私ぐらいでしょうか。
数週間前、その人物が銀行の公共料金払込窓口で暴れ出し、ステッキで銀行の器物をいくつか叩き割って保安員に連れて行かれるのを私は間近に目撃していたのです。窓口の処理の順序が前後したか何かで怒り出したようでした。

長年浸ってきた柔軟で平和な人間社会が消滅してマグマが溜まったんでしょうね。あの蕎麦屋にいた、温厚そのものに見えるすべての老人たちがどこかで暴走しているに違いない、と私は確信しています。
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by convenientF | 2008-06-21 16:28
オレは6月17日(火)でやっと満6歳。
徳島から出てきてウロウロしてたけど、やっと生活のコツっていうか、世の中の決まりっていうか、そんなものがわかりだしたかな?

年寄りの飼い主との付き合い方も...

とにかくホンキで身体使っちゃいけないのよね。
僅か35キロなんだけど。

あっかんべー!

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こんな「お馬鹿」だったのに...
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by convenientF | 2008-06-19 13:23
以下のTrackBackを頂きました。極めて重大な内容の記事なのですが、イヌの写真の下では見逃される危険が大きいので引っ張り出しました。

Tracked from 梟通信~ホンの戯言 at 2008-06-16 14:08 x
タイトル : 嫌でも見なければならない貧困 湯浅誠「反貧困ー『すべり台..

凄まじい勢いで貧困層が拡大している。 東京新聞、2007年3月25日付は雇用、社会保険、公的扶助(生活保護)の三つのセーフテイネットがほころび始めたことを報道した。 1995年からホームレスの支援活動を行なっている著者は最後の砦であるはずの生活保護ですら申請しても窓口で(不正に)却下されている実態(600万から800万人が生活保護基準以下で保護を受けずにいると推定)をつき、何かの弾みでうっかり足を滑らしたら、どこにも引っかかるところがなく、最後まで滑り落ちてしまう社会になっているという。 ......more

Tracked from 梟通信~ホンの戯言 at 2008-06-16 22:53 x
タイトル : 嫉妬することもできない人たち 断層ができた日本

生まれもったもの(家柄であれ容姿であれ金であれ)の運がよい人が、そうでない人への想像力に欠け冷たい、という傾向も事実ですが、恵まれない人の嫉妬も、程度の低い醜いものです。 先日の貧困についての記事に頂いたコメントの中にあった文章だ。 俺の記事およびコメントへの返信は”恵まれない人の嫉妬”については言及していない。健全な社会とは自己責任の適用領域について線引きできるはずなのにそれが出来なくなっているのは貧困の実態、”溜め”がない実態が知られていないからでもある。 ところが貧困層から富裕層はみえても......more

どちらでも活発な議論が展開されています。
どうか奮ってご参加ください。
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by convenientF | 2008-06-17 13:54
恥ずかしながら、拙者、馬齢を重ねて5月30日に15歳になりました。

イヌの場合でも、自分のことを表現する際には「馬齢」だそうであります。

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Charles
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by convenientF | 2008-06-11 16:37
昨晩、NHKで「定年性アルコール依存症」という怖い番組を見ました。

何もすることがないので朝から晩までアルコールを口にするようになり、完全な依存症になってしまうというケースがいくつか報告されるのですが「何もしなくても生活できるのは危ないこと、怖いこと」なのだという認識を広げる必要がありそうですね。精神科医兼作家の「なだいなだ」解説でしたが、「何もしなくても生活できる」状態に置かれると、生理的にアルコールを受け付けない人以外は誰でもアルコール依存症になり得るのです。

いい会社、いい役所を定年まで大過なく勤め上げれば「何もしなくても生活できる」状態が20年も続くのです。その入り口の62、3歳でアルコール依存症!
やがて脳が萎縮し、頭蓋骨の中はスカスカ。アルコール依存症から認知症に進化します。

本人は何の苦痛も感じないかもしれないが、周囲にとっては悲惨でしょうなぁ。

NHKの番組らしく、どのケースも「ナントカ会」に入ってアルコールを断つというストーリーですが実際に脱出できる確率はどれくらいでしょうか。このところ『暴走老人!』の報告を中断していますが、世の「暴走老人」にはアルコール性暴走も相当含まれているように思えてきます。

アタシ?
アタシャ自慢じゃないけど定年までサラリーマンが勤まらず、自営業になって70歳になるまでワーカホリック状態。
他人様は「本物のワーカホリック、仕事中毒症」とみなしていたようですが、本人としてはずーっと老後のことが不安で手綱を緩められなかったのです。
それが「仕事中毒}?

そうか...
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by convenientF | 2008-06-07 16:23
これも2年近く前に書いたものですが、ご希望がありましたので再掲載します。

コメントまで全部お読みいただいているゲストの皆様はご存じでしょうが、私は以下のようなコメントを書いたことがあります。

**********************
なお私は顔見知りではない政治家、芸能人、スポーツ選手その他の有名人には敬称を付けません。敬称を付けないのが有名人に対する礼儀だと信じております。
どこかのTV局みたいに「夏目漱石さん」「井原西鶴さん」といった表現は使いません。
**********************

これに対し、ある読者から質問がありました。

**********************
ちなみに、有名人と非有名人の線引きはどこですればいいとお考えでしょうか?
**********************

困りましたね。取りあえず「直感」「主観」と答えておきましたが、芸術家、芸能人、プロスポーツ選手を志し、努力している人たちの究極の目標は報道や批評で肩書敬称なしで扱われることなのです。認識され、特定されることなのです。「お笑いタレントの明石家さんまサン」とは呼びません。「さんま」で通じます。そのレベルが目標なのだと、私のボーカルの先生も言っています。

ところが例のテレビ局の早朝報道番組は「文豪芥川龍之介サン」なのです。さらに局側から出ている連中は「ヤムヲオエナイ」に統一しています。
かつて、この番組のファンたちの掲示板がありました。私は、ここで「敬称が無礼なときもある」と主張し、更にアナウンサーたちの間違いを指摘し続けました。
オーストリーという国の存在を知らないアナウンサーが現れたのもこの番組です。「今はどういう採用試験をやっているのか」と批判したら、その日を以てこの掲示板がなくなりました。

実は私、この会社の最初のテレビ・アナウンサー採用試験を受験したのです。最終のマイクテストで「声のピッチが低すぎる」という理由で不採用になったのですが、その時の筆記試験には西ヨーロッパの白地図に国名を書き込む問題がありました。ソ連時代ですから東を外したのでしょう。とにかくオーストリーを知らなければ筆記で落第のはずですが、いまは容姿の方が重視されるようです。

なお、一部では未だに語り継がれている「イチニチジュウヤマミチ」は別の局の夕方の番組でした。美貌で売り出したアナウンサーが「旧中山道」をこう読んだのです。彼女は間もなくテレビ局を去り、バラエティ・タレントになりました。

テレビって、面白いときもあるんですよ。
銀行の「破綻先様」「破綻懸念先様」ほどではありませんが...

Commented by AAA

>いまは容姿の方が重視されるようで

私なんかは「容姿だけを重視」されたと思ってしまうことが時々あります。それにしても「イチニチジュウヤマミチ」はいい!!
Commented by BBB

アナウンサー達の話す言葉の影響力はとても強いですから、正確に伝えて欲しいですね。 聞き慣れてしまえば、「夏目漱石さん」も不自然じゃなくなってしまうのが怖いような・・・・

P.S. もし、その頃、「容姿の方が重視」でしたら、Author様は、合格されていたのでしょうね。 (^O^)

Commented by Author

AAA様

「イチニチジュウヤマミチ」はその瞬間を視聴したんですよ。サラリーマンだったのに平日の6時台になぜ家にいたのが不思議ですが。
最初は私もわかりませんでした。今でもメインキャスターを務めている女性アナウンサーが「キュウナカセンドウノアヤマリデシタ。ツツシンデオワビ、テイセイシマス」と言ったのでやっとわかった次第です。

私も「容姿ばかり」と表現しようとも思ったのですが、チョット優しさを見せました。本心は「容姿ばかり」です。呼吸法も発声法も、基礎がまるでなっていません。

Commented by Author

BBB様

>P.S. もし、その頃、「容姿の方が重視」でしたら、Author様は、合格されていたのでしょうね。 (^O^)

もちろんです!!!!

Commented by CCC

容姿もどんなモンだろう?凸凹だけじゃないか。
まあ、容姿となると好みの問題ではありますね。

Commented by DDD

イチニチジュウヤマミチは最高ですね。真剣に何のことか、考えました。旧中仙道の文字を見ても、一瞬わかりませんでした。
ちょっと、笑いのつぼにはまってしまいました。
小生も、小さい会社ではありますが、採用の側になっています。現在は、中小に応募してもらえる人材に、容姿すらも求められないのが現状です。一般常識は、現社員にも期待できません。

Commented by Author

CCC様

>容姿もどんなモンだろう?

ダンナ、それ言っちゃおしめえよ、とも言えないんですな、これが。
「イケメン・アナ」「美人アナ」と言われて「どこが?」ってぇ場合が少なくありません。
しかしアナウンスのドジは時に最高の娯楽になりますから、オマエ等、あんまり勉強するなよ!

Commented by Author

DDD様

>ちょっと、笑いのつぼにはまってしまいました。

ウッシッシ。
しかも実話ってところが凄いでしょう。「小説よりも奇なり」です。

>一般常識は、現社員にも期待できません。

「自分達は常識人だ」と意外に本人たちは思っているかもしれませんよ。
「DDDの方が非常識だ」なんて(笑)。

Commented by DDD

そうですね、今の若い人から見れば、私は、宇宙人かもしれません。この文章も実は かな 打ちをしているものですから。 宇宙人ではなく化石だと思われていますね。 きっと

Commented by EEE

>「声のピッチが低すぎる」

ってことはやはり「渋い」感じですかな。バリトンかバスか?
あるいはもっと「ドスのきいた」感じですかな。
田端義夫はかなり高いですが、お好きなようですね。

Commented by Author

>かな 打ちをしているものですから。 宇宙人ではなく化石だと思われていますね。 きっと

ハハハ、互いに相手は異星人だと割り切って暮らすのも知恵ではないかと思います。それに、彼らの中にも「かな打ち」はいるでしょう。我々夫婦は二人ともOccupied Japanに暮らしたことがあるので英文タイプはほとんどブラインドタッチですが、セガレ共は「かな打ち」です。

Commented by Author 

EEE様

ト音譜面で言いますと、学生時代はずっとはみ出したEから上に突き出たGまで使っていました。だから混声合唱では二役を務められました。
今は下はG、上は線内のE♭までですか。(再掲載注:”上に突き出たG♭まで”戻りました。)

>田端義夫はかなり高いですが、お好きなようですね。

高いから憧れなんですよ。トニー・ベネットも憧れです。
まして、三代にわたる三大テノールを持っているのですから、正常じゃありませんね。
アナウンスで「ドスを利かす」勇気はありませんでしたね。
サラリーマン時代に内職として某局でジャズのDJをやっていたときは時々ふざけて河内弁で凄んでいましたが(笑)。

Commented by EEE

>サラリーマン時代に内職として某局でジャズのDJをやっていたときは時々ふざけて河内弁で凄んでいましたが(笑)。

Author様のコメントの多くは最後の一行で笑ってしまいますね。さすが、というか道灌じゃなかった同感いたします(笑)。
Commented by FFF

「イチニチジュウヤマミチ」事件があったとき、それを他局のバラエティ番組でカラカッテの報道をしていたのをご存知ですか。ところが、これまた容姿端麗な?女子アナでしたが「他局の女子アナが、キュウチュウサンドウをイチニチジュウヤマミチと読んだそうです」とやってしまい、ホストがあわてていました。

Commented by Author

>Author様のコメントの多くは最後の一行で笑ってしまいますね。

一部の編集者には「スカンク先生」と呼ばれています(笑)。
しかし、最後の一行しか考えないための失敗もあります。
たとえば、

>国内旅行からのお早いお帰り、お待ちしております。

>私は待ってませんが(笑)。

間に「ありがとうございます」を入れたつもりが入っていません。BBB様に大変な失礼をしてしまいました。

Commented by Author

FFF様

>これまた容姿端麗な?女子アナでしたが「他局の女子アナが、キュウチュウサンドウをイチニチジュウヤマミチと読んだそうです」とやってしまい、ホストがあわてていました。

それは知りませんでした。こういうの「錦上花を添える」の範疇に入るのでしょうか(笑)。

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by convenientF | 2008-06-05 15:54